相川七瀬さん ブラジルで実感する特別な縁「夢見る少女じゃいられない」が20年以上親しまれる現地人気

2026.9.7

歌手の相川七瀬さん(51)が7日までに自身のインスタグラムを更新。

ブラジル・サルヴァドールで撮影したターコイズカラーのワンピース姿を公開し、「ほんとに素敵な街」と現地での時間を振り返った。


 

相川さんは「Salvadorほんとに素敵な街」と書き出し、「Brazilは私の心を元気にする場所」とコメント。かつて占星術師から「ブラジルは私の歌手としての運命も変える場所」と言われたことを思い出しながら、今回の訪問への思いをつづった。

さらに「それが最も極まる場所こそがSalvadorだと言われていたので、今回来ることができてとても嬉しい」と喜びを表現。投稿にはポルトガル語でも同じ内容を記しており、ブラジルへの特別な思いが伝わる内容となった。

写真では、鮮やかなターコイズカラーのワンピースに身を包んだ相川さんが笑顔を見せており、ファンからは「とっても素敵!」「ワンピース似合いすぎ」「笑顔が眩しすぎ」「スタイル抜群!」などの声が寄せられている。

 

▪️「夢見る少女じゃいられない」がブラジルの文化に定着

相川さんとブラジルとの関係を語る上で欠かせないのが、1995年のデビュー曲「夢見る少女じゃいられない」だ。

日本で大ヒットした同曲は、ブラジルの日系社会でも長く親しまれ、現在では現地の「マツリダンス」の代表的な楽曲の一つとして定着している。

ブラジル日報によれば、同曲はブラジルの日系人の間でカラオケ曲として広まり、現在のマツリダンスでは20年以上にわたって歌い踊り継がれている。アマゾン地域を含む各地の日系社会の祭りでも楽しまれているという。

マツリダンスは、日本の盆踊りをベースに、J-POPなどに合わせて踊るブラジル独自の文化だ。

ここで重要なのは、相川さんの楽曲が単に「日本の懐かしいヒット曲」として聴かれているわけではないこと。現地の祭りで実際に踊るための楽曲として定着し、ブラジルの人々の文化の中で受け継がれている点にある。

日本で1995年に生まれた一曲が、海を越え、ブラジルの日系社会に根付き、20年以上にわたって世代を超えて歌い踊られている。

 

▪️ブラジルでの仕事、交流も広がる

こうした楽曲を通じた長年のつながりを背景に、相川さん自身のブラジルでの活動も広がっている。

相川さんは近年、ブラジルを継続的に訪れており、今回の投稿では「今年で3回目」と明かした。

2025年にはブラジルでの公演や現地イベントにも出演。自身の代表曲を披露すると、会場から大きな歓声が沸き起こった。

現地での反響について相川さんは、これまで経験した中でも特別なものだったと振り返っている。

日本で生まれた楽曲がブラジルで長年親しまれ、その本人が現地を訪れ、歌を届ける。そこから文化交流やイベント出演など、ブラジルでの仕事にもつながっている。

相川さんにとってブラジルは、単発の海外公演の場所ではなく、音楽活動そのものと深く結び付いた場所になっている。

 

▪️日本とブラジルを音楽でつなぐ相川さん

相川さんのブラジルでの活動を象徴するのが、日本とブラジルの文化交流だ。

2025年には「日本ブラジル友好交流親善大使」にも任命され、日本とブラジルの友好関係を音楽や文化を通じて発信する役割も担っている。

自身の楽曲がブラジルの日系社会で長年受け継がれてきたことは、相川さん自身にとっても大きな意味を持つ。

さらに相川さんは、日本とブラジルをつなぐ新たな音楽活動にも取り組んでいる。

今回訪れているサルヴァドールについても、単なる観光地としてではなく、自身の歌手人生とブラジルとの縁が交差する特別な場所として捉えているようだ。

「今年で3回目」という相川さんの言葉からも、ブラジルとの関係が一度きりのものではないことが分かる。

1995年に日本で発表された「夢見る少女じゃいられない」が、

ブラジルでは20年以上にわたって踊り継がれる楽曲となった。

そして現在、その歌を歌った相川さん自身が日本とブラジルを行き来し、

現地で仕事をしながら、人々との交流を重ねている。