【ONE】吉成名高のメイン戦、正式決定は試合約24時間前 ハイドレーション失敗→キャッチウェイト交渉…「やるせなさ」抱えても勝利
「試合をするのか、しないのか」。
世界最大級の格闘技団体「ONE Championship」の大会で、メインイベントを担う吉成名高選手が、試合前日まで異例の状況に置かれていた。
9月12日に横浜BUNTAIで開催された「ONE SAMURAI 3」。吉成選手はメインイベントでハー・リン・オム選手とキックボクシング初戦に臨み、判定勝利を収めた。
しかし、その舞台裏では、試合そのものが最後まで正式に成立するのか分からない時間が続いていた。
問題となったのは、前日計量におけるハー・リン・オム選手の体重とハイドレーションテストだった。
▪️吉成名高は一発クリアも、相手がハイドレーションで足踏み
11日に行われた前日計量で、吉成選手は52.2キロ、ハイドレーションテストも1.0091でクリアした。
一方、対戦相手のハー・リン・オム選手は規定体重をクリアできず、さらにハイドレーションテストでも基準を満たさなかった。
ONEでは、単純に体重だけを落とせばいいわけではない。
計量時の水分状態まで確認するハイドレーションシステムを採用しており、選手は安全面を含めて定められた基準をクリアする必要がある。
実際、今回の「ONE SAMURAI 3」では10試合のうち5試合で、体重またはハイドレーションテストを巡る問題が発生した。吉成選手の対戦相手も、そのうちの一人だった。
ここから、試合成立に向けた交渉が始まった。
▪️正式決定は11日夜9時ごろ 試合約24時間前まで続いた交渉
吉成選手のメインイベントが正式に成立したのは、前日の11日夜、午後9時ごろだった。
相手選手が最終的にハイドレーションをクリアしたとの連絡が入り、その後、両陣営の間でキャッチウェイトによる試合成立に向けた交渉が行われた。
最終的には53.6キロのキャッチウェイトで試合が実施されることになった。
つまり、吉成選手は翌日にメインイベントを控えながら、約24時間前になるまで「予定されていた相手との試合が正式に成立するのか」という状況を見守ることになった。
これは、選手にとって決して理想的な環境とは言えない。
メインイベントに向けてコンディションを整え、対戦相手を想定した戦術を組み立て、精神的にも試合へピークを持っていく。その最後の段階で、対戦そのものが正式に決まっていない状態が続くからだ。
しかも、もし前日の段階で「予定より大幅に重い選手と戦ってほしい」と提示された場合、メインイベントを担う吉成選手の立場からすれば、簡単に「やりません」と言えるものでもない。
興行の中心を任された選手だからこそ、試合を成立させる責任も背負う。
その意味で、今回の吉成選手は、リングに上がる以前から通常とは異なる負担を抱えていたと言える。
▪️「5キロ以上重い選手と戦え」と言われても断りにくい
キャッチウェイトは、体重超過があった場合に試合を成立させるための重要な仕組みだ。
チャトリ・シットヨートンCEOも試合後の会見で、ONEはグローバル団体であり、体重超過があっても両陣営が交渉してキャッチウェイトで試合を成立させることに意義があると説明している。
一方で、この仕組みは「試合を成立させられる」という興行側のメリットだけでなく、対戦相手側の選手に負担を求める側面も持つ。
特にメインイベントの場合、代替カードを用意することは容易ではない。
吉成選手からすれば、前日の夜になって相手の体重問題が発生し、その後にキャッチウェイトの条件を受け入れて翌日の試合に臨むことになる。
仮に大きな体重差が生じる条件を提示されたとしても、メインイベントという立場上、試合そのものを拒否することは容易ではない。
本音を言えば、やるせない気持ちが生まれても不思議ではない。
戦意やモチベーションに影響があったとしても、決しておかしくない状況だった。
それでも吉成選手はリングに上がった。
▪️それでも試合後、相手を責めなかった吉成名高選手
そして、吉成選手の姿勢で印象的だったのが、試合後の対応だった。
メインイベントとして勝利を手にしたにもかかわらず、対戦相手の体重問題を必要以上に批判することはなかった。
もちろん、何も言わなかったわけではない。
記者会見では、軽量級の選手であれば、日頃の生活から体重をきちんと管理するべきだという趣旨の発言もしている。
そこにはプロとしての厳しさがある。
ただ、それと相手を一方的に責めることは別だ。
自分自身は規定をクリアして試合に備え、直前まで相手側の問題に振り回されながらも、最後はリングに上がって勝利する。
その上で、相手を必要以上に攻撃しない。
この一連の姿勢は、吉成選手が単なる勝敗だけではなく、プロフェッショナルとしての振る舞いを大切にしていることを感じさせるものだった。
▪️チャトリCEO「プロフェッショナルに体重を作るべき」
一方、ONE側も今回の事態を問題なしとして受け流しているわけではない。
大会後の記者会見でチャトリCEOは、今回の計量失敗が相次いだことについて驚きを示し、「プロフェッショナルに体重を作るべきだ」という厳しい姿勢を示した。
今回の大会では、吉成選手の対戦相手を含め、5選手が規定時間内に計量・ハイドレーションテストをクリアできなかった。
ONEでは、ハイドレーションをクリアした上でキャッチウェイト交渉に進み、試合を成立させるという仕組みがある。今回も複数の試合がキャッチウェイトで行われ、最終的に10試合中5試合がキャッチウェイトとなった。
ただし、チャトリCEOは同時に、体重管理を軽視しているわけではないことも明確にした。
ハイドレーションに慣れていない選手については一定の余裕を与える場合がある一方、体重超過を2度行った選手にはタイトルショットを与えないという、ONEとしての厳格な方針を明らかにした。
これは単なる罰則ではない。
タイトルマッチを目指す選手にとって、体重管理は競技能力と同じようにプロとして求められる要素であるという、ONE側の明確なメッセージだ。
▪️「試合を成立させる」ことと「選手を守る」こと
今回の一件から浮かび上がるのは、キャッチウェイトという制度そのものの難しさでもある。
興行としては、予定されていたカードをできるだけ実現したい。
ファンも、楽しみにしていた試合を見たい。
選手も、積み重ねてきた準備を無駄にしたくない。
その一方で、規定を守って準備した選手に対して、直前になって条件変更を求めることになれば、その選手側には新たな負担が生じる。
ONEがハイドレーションシステムを導入しているのも、過度な減量による身体的リスクを抑えるという側面がある。
だからこそ、体重超過が起きた後にキャッチウェイトで試合を成立させる仕組みと、選手が公平に準備できる環境をどう両立させていくのかは、今後も重要なテーマになる。
今回の吉成選手のケースは、その難しさを象徴する出来事だった。
▪️吉成名高は「異例の24時間」を乗り越えて勝利
最終的に吉成選手は、初挑戦となったキックボクシングルールで判定勝利を収めた。
試合前には、相手のハイドレーション問題。
その後のキャッチウェイト交渉。
そして、前日の夜まで続いた試合成立を巡る不確定な時間。
メインイベントを担う選手としては、決して理想的な準備環境ではなかった。
それでも吉成選手はリングに上がり、42連勝を伸ばした。試合後にはメインイベントとしての役割を果たせなかったことへの悔しさも口にしている。
今回の勝利は、単純に「判定で勝った」という一言では片付けられない。
前日の計量から試合成立まで、通常とは異なる環境を受け入れ、それでも最後は自らの仕事を遂行した。
そして、相手の問題を必要以上に責めることなく、自らの競技に向き合った。
それもまた、吉成名高という選手の強さの一つなのかもしれない。
ONEにとっても今回の大会は、試合を成立させる柔軟性を示した一方で、選手の体重管理というプロとしての基本を改めて問う大会となった。
チャトリCEOが示した「2度の体重超過でタイトルショットを与えない」という方針が今後どのように運用されるのか。
そして、キャッチウェイトという制度が、興行を成立させるためだけではなく、選手双方にとって納得できる仕組みとして成熟していくのか。
今回の吉成名高戦は、ONEの体重管理システムそのものを考えるきっかけにもなった。
【文:高須基一朗】

