「体重を作れないなら、その階級で戦うべきではない」―RIZIN榊原CEO激怒の裏にある、“現代格闘技の常識”
「本当に計量を守れないやつは、最初の時点でプロ失格」
【榊原信行CEO公式Instagram投稿画像より】
RIZIN 榊原信行CEOが大会後 会見で放ったこの言葉は、単なる感情論ではない。
むしろ、競技としての格闘技がどこへ向かおうとしているのかを象徴する、
“現場からの警鐘”と言うべきものだった。
6日に開催された「RIZIN LANDMARK 14 in SENDAI」。
大会後、SNSや格闘技ファンの間で大きな議論を呼んだのが、
元幕内力士・貴賢神選手による前日計量1.2キロオーバー問題である。
結果だけを見れば、試合は貴賢神選手が1ラウンドTKO勝利。
8月開幕予定のヘビー級GP出場査定試合として、
一定以上のインパクトを残したことも事実だ。
しかし榊原CEOは、勝敗以上に「計量を守れなかった」という一点を重く見た。
「信頼ができない選手を、日本の代表を決めるところに送り出す気にはならない」
この“信頼”という言葉こそ、現代格闘技を読み解く上で極めて重要なキーワードである。
そもそも格闘技とは、人を壊すという暴力性を極限までルール化することで成立しているスポーツだ。
本来、人間同士の殴り合いに“公平”など存在しない。
体格差、筋力差、経験差がむき出しになれば、
それは競技ではなく危険行為へと近づいていく。
だからこそ格闘技は、体重制限、ラウンド制、グローブ規定、反則ルール、ドクターチェックなど、数え切れないほどの制約を設けることで、初めてスポーツとしての体裁を維持している。
その中でも、階級制度は最も根幹に位置するルールの一つだ。
なぜなら、体重差は、命を脅かす・・・そのまま“破壊力”と“危険性”に直結するからである。
一般層には見えにくいが、格闘技における数キロ差は、単なる数字ではない。
打撃の重さ、クリンチ圧力、組み力、削り合いの耐久性、
さらには被弾時の脳へのダメージ蓄積にまで影響を及ぼす。
特にMMAでは、その差が顕著に現れる。
テイクダウン攻防、ケージレスリング、トップコントロール。
わずかな体重差が、試合全体の支配力へ変換されるケースは珍しくない。
そして試合後のダメージの蓄積にも数値化されてはいないが、これについても
誰の目から見ても明らかだ。
だからこそ計量とは、単なる儀式ではない。
“試合出場資格を得るための最初の競技”なのである。
近年、「試合をやったのだから問題ない」「1キロ程度で騒ぎすぎ」という擁護論も少なくない。しかし、その見方は現代格闘技の潮流とは明確にズレ始めている。
問題は、1.2キロという数字だけではない。
「契約した条件を守れなかった」という事実そのものにある。
しかも今回、貴賢神選手は「水抜きで7キロ抜く予定だったが、最後の1.2キロが落ちなかった」と説明している。
現在のトップ格闘技シーンにおいて、この説明は必ずしも擁護材料になり得ない。
“減量込み、日々の節制でいつでも戦える準備を怠らないからこそ
プロフェッショナル”という考え方が完全に定着しているからだ。
かつての日本格闘技界には、「最後は根性で落とす」という文化が確かに存在した。
体が極限の減量で悲鳴を上げても、それでも限界を超えて命を削り挑んできた。
しかし現在、海外トップ団体では年間単位で
栄養管理、代謝調整、睡眠設計、水分管理まで徹底的に科学化されている。
UFCのトップファイターたちは、試合前だけでなく
日常的にコンディションを管理し、
“減量できる身体”そのものを維持している。
つまり減量は、試合直前の短期イベントではない。
日常管理そのものだ。
だから現代では、「最後に落ちなかった」のではなく、
“最後にしか調整できない身体状態だった”という見方をされる。
これは非常に厳しい視点だ。
しかしプロスポーツとは、本来そういう世界でもある。
特にヘビー級では、「少しでも大きい方が有利」という思想が強く働く。
少しでも重く、少しでも強く。
その競争が、無理な減量設定や極端な水抜きを生み出している側面もある。
だが、それでもなお、「落とせないなら、その階級で戦うべきではない」という原則は揺るがない。
なぜなら、対戦相手は契約体重を信じ、数か月単位で身体を仕上げているからだ。
酒井リョウ選手側が試合受諾を決断したことで成立した今回の一戦。
しかし本来であれば、
相手側に“不利益を飲み込ませる構図”そのものが問題視されるべきでもある。
何度も繰り返しになるが、格闘技は、命の危険と隣り合わせの競技だ。
数キロの差が、安全性そのものへ影響を与えることもある。
だから海外では近年、計量失敗に対する世論は急激に厳しくなっている。
実際UFCでも、度重なる体重超過によって信用を失い、
タイトル戦線から遠ざかった選手がいるのも事実。
つまり現代格闘技において、「体重を作れるか」は、
技術以前に格闘家としての信用問題になっているのである。
榊原CEOが口にした「プロ失格」という言葉は、
決して勢い任せの表現ではない。
プロとは何か。
それは単に試合で勝つ存在ではない。
契約を守り、競技を成立させ、相手選手と興行全体への責任を果たし、
その上でリングへ立つ存在である。
そして、その最初の責任こそが“計量クリア”なのだ。
勝った負けたの前に、まずルールを守れることがプロ格闘家である。
【文:高須基一朗】

