那須川天心の弟では終わらない・・・那須川龍心選手が 世界王者・大﨑一貴選手に挑む必然
【©️RISE】
6月6日、東京・大田区総合体育館で開催される『OURO presents RISE WORLD SERIES 2026』。GLORYとRISEが共同で進める世界規模のトーナメントが佳境へ向かうなか、格闘技ファンの視線は、ある意味でメインイベント以上に“55kg”の一戦へ注がれている。
RISE世界スーパーフライ級王者・大﨑一貴選手と那須川龍心選手。
軽量級キックボクシングの「現在」と「未来」が交差するカードと言っても過言ではない。
下馬評では、大﨑選手優勢という見方が支配的だ。無論、それは単なる印象論ではない。積み重ねてきた国際経験、対世界を想定した競技精度、そしてプレッシャーを持続的に加え続ける試合運び―その総体が、現時点における“完成度”として評価されているのである。
一方、那須川選手は16連勝という戦績を引っ提げながらも、依然として“伸び代”という言葉と共に語られることが少なくない。だが、その認識自体が、すでに更新されつつあるのかもしれない。
「“戦いたい”というより、“戦わなければならない”相手だった」
今回の対戦について、那須川選手はそう語った。
そこには、感情的な高揚よりも、競技者としての合理性が滲む。換言すれば、自らの階級における最強存在を避けて通ることは、トップ戦線に立つ者として論理的に成立しない―という認識である。
興味深いのは、両選手とも今回の一戦を単発のビッグマッチとして捉えていない点にもある。
9月開催予定の世界トーナメント。
その布石という意味合いも当然ある。
しかし、両者の発言を精査すると、より本質的なテーマが浮かび上がる。
それは、「誰が次代の軽量級を牽引する存在となるのか」という問いである。
大﨑選手は「どちらが勝ったか分からない試合ではなく、明確な差を見せて勝ちたい」と語る。
一方の那須川選手も、「圧倒できるなら圧倒したい」と応じた。
これは単なる強気なコメントではない。
両者とも、勝利のみならず、勝ち方に価値を置いているのである。
とりわけ那須川選手の発言で印象的だったのは、「自我を出す」という言葉だった。
「20歳になって、自分の意見をしっかり持とうと思った。それが格闘技にも繋がる気がした」
この発言は、単なる精神論として片付けるべきではないだろう。
現代のトップアスリートに求められるのは、競技能力だけではない。自己をどう定義し、どう社会へ提示していくか―いわば“表現者”としての側面もまた不可欠となっている。
兄・那須川天心氏という巨大な存在を背負いながら、自らの輪郭を獲得しようとする那須川選手。そのプロセスは、単なる二世論やサラブレッド論では回収できない複雑さを帯び始めている。
対する大﨑選手は、対照的に極めて実直だ。
知名度やスター性について問われても、「格闘技なので、まず勝たなければならない」と冷静に言い切る。その姿勢には、競技至上主義とも言うべき美学が垣間見える。
SNS時代の格闘技界において、語られやすさが価値を持つのは事実だ。
しかし、最終的に競技者を規定するのは、
やはりリング上での説得力に他ならない。
この試合は、単なる国内軽量級の注目カードではない。キックボクシングという競技が、どの方向へ進化していくのか。その潮流すら映し出す一戦と言える。
次の時代を誰が定義するのか・・・という、
極めて現代的な強烈な競争が存在している。
【文:高須基一朗】

