五輪開会式という特別な舞台で生まれた“受け止めのズレ”マライア・キャリーのパフォーマンスをめぐる議論の背景

2026.2.7

【©  JAPANESE OLYMPIC COMMITTEE】

ミラノ・コルティナ冬季オリンピックの開会式で披露されたマライア・キャリー(56)のパフォーマンスが、英国内を中心にさまざまな議論を呼んでいる。
世界的歌姫の登場は、本来であれば式典を象徴する華やかなハイライトとなるはずだったが、一部視聴者からは歌唱方法をめぐる声も上がった。


 

6日、サンシーロ(ジュゼッペ・メアッツァ)競技場。
キャリーは、イタリアの国民的ヒット曲として知られるドメニコ・モドゥーニョの「Volare」と、自身の楽曲「Nothing Is Impossible」をイタリア語で披露した。
ホワイトとシルバーに輝くガウンに白い毛皮をまとい、約6万人の観衆を前に堂々と立つ姿は、五輪開会式にふさわしい象徴性を備えていた。

一方、英国営放送BBCを通じて式典を視聴していた人々の間では、

歌唱のあり方についてさまざまな受け止めが生まれた。
英大衆紙「ザ・サン」は、「生歌とは考えにくい」「ライブでの歌唱なのか」といった批判的な視聴者のコメントを紹介している。ただ、こうした声は必ずしもキャリーの実力や姿勢を否定するものというより、巨大イベント特有の演出や音響環境に対する戸惑いが背景にあったと見ることもできる。

 

五輪の開会式は、通常のコンサートとは異なり、屋外スタジアム、厳密な進行管理、世界同時中継といった制約の中で行われる。
音響トラブルや放送上のリスクを回避するため、事前に準備された音源を補助的に用いることは、国際的な式典では決して珍しいことではない。
それは歌手の能力不足を意味するものではなく、世界中の視聴者に安定した演出を届けるための選択肢の一つとされてきた。

 

式典のクリエーティブ・リーダーを務め、20回以上オリンピック関連イベントに携わってきたマルコ・バリッチ氏は、開会式前の会見でキャリー起用の意義をこう語っていた。
「マライア・キャリーは、美しいイタリア幻想曲のケーキの上に乗るチェリーのような存在だ」

さらに、イタリア語での歌唱についても、「簡単なことではないにもかかわらず、全曲をイタリア語で歌うという挑戦を快く受け入れてくれた。その姿勢には心から感謝している」と、その努力を強調している。

 

今回の反応は、個人への批判というよりも、完璧さが求められる五輪開会式という舞台と、視聴者が期待する“生のリアリティ”との間に生じたギャップを映し出したものとも言えそうだ。
巨大イベントであればあるほど、演出は精緻になる一方で、その裏側にある事情は伝わりにくい。マライア・キャリーのパフォーマンスをめぐる議論は、その難しさを改めて浮き彫りにしている。