NBA = ケビン・デュラントが古巣サンダーへの思いをESPNインタビィー取材で激白 移籍時のブーイング 若き日の挑戦 そして2025年の優勝に感じた誇り
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NBAのスーパースターの1人 ケビン・デュラントが、
キャリアの原点ともいえるオクラホマシティ・サンダー時代を振り返った。
2016年のゴールデンステイト・ウォリアーズ移籍をめぐっては、古巣ファンとの間に複雑な感情が残ったが、本人の胸にあるのは、かつて所属したチームへの感謝と誇りだった。
サンダーの歴史が始まった時代をともに歩み、ラッセル・ウエストブルック、ジェームズ・ハーデンらと築いた若き日のチーム。その後、別々の道を歩むことになった仲間たちが残したものは、10年以上の時間を経て、現在のサンダーにも受け継がれている。
デュラントは、古巣が2025年にNBA制覇を果たしたことについても言及。自分たちが築いた土台の先に、現在のチームが新たな歴史を刻んだという見方を示した。
▪️2016年の移籍で失ったファンの支持 それでも消えなかったオクラホマへの愛着
デュラントとサンダーの関係を語るうえで、避けて通れないのが2016年 夏の移籍だ。
当時、サンダーの中心選手としてチームをけん引していたデュラントは、フリーエージェントとなった後、ゴールデンステイト・ウォリアーズへの移籍を決断した。
地元ファンにとっては大きな衝撃であり、オクラホマシティに戻って試合に出場した際には、観客席から大ブーイングを浴びることもあった。
しかし、今回のインタビューで語られたのは、移籍をめぐる対立ではなく、
サンダーという組織とオクラホマの人々に対する感謝だった。
デュラントはESPNのドキュメンタリー番組「E60」シリーズ
『The Oklahoma Standard』のインタビューで、古巣について次のように語っている。
「サンダーのOBの一人であることに、本当に感謝している。多くのチームメイトとともに、このチームの歴史をスタートさせることに貢献できたことを誇りに思う。彼らの姿を見るのは素晴らしいことだ。対戦するのは難しいけれど、彼らと戦うとき、今でもオクラホマという州に特別な思いを抱いている自分がいる」
移籍から10年が経過した現在でもデュラントにとってオクラホマは単なる過去の所属先ではないようだ。
▪️デュラント、ウエストブルック、ハーデンが築いたサンダーの原点
サンダーがオクラホマシティを本拠地としてスタートしたのは2008-09シーズン。
デュラントは2007年のNBAドラフトでシアトル・スーパーソニックスから全体2位指名を受け、球団の移転に伴ってオクラホマでプレーすることになった。
その後、ラッセル・ウエストブルック、ジェームズ・ハーデンらと成長し、
リーグ屈指の将来性を持つチームへと変貌を遂げる。
当初から優勝を義務づけられたチームだったわけではない。
選手個々の成長と組織全体の成熟が重なり、結果として強豪への道を切り開いていった。
デュラントは当時の環境について、勝利への過度なプレッシャーよりも、選手として成長し、プロフェッショナルとしての意識を高めることが重視されていたと説明している。
「僕たちには、必ず勝たなければならないというプレッシャーはなかった。それぞれが選手として成長し、よりプロフェッショナルになることが求められていた。個々の能力が高まり、プロ意識が育っていくにつれて、チームメイトと一緒にプレーすることが楽しくなっていった」
さらに、サム・プレスティGMを中心とするフロント陣も、
選手たちと同じように成長の過程にあったと振り返った。
「僕たちは全員、一緒に成長していた。非常に速いスピードで、さまざまな経験を積み重ねていたんだ」
選手だけでなく、チームを運営する側も発展途上だったという視点は興味深い。後にNBAを代表する強豪へと成長するサンダーの基盤は、こうした若い組織が試行錯誤を繰り返すなかで形づくられていった。
▪️2012年のファイナル敗退・・・ファンが見せた忘れられない光景
サンダーは2010年にプレーオフへ初進出すると、翌2011年にはウエスタン・カンファレンス・ファイナルに到達。2011-12シーズンにはウエストを制し、球団移転後初となるNBAファイナル進出を果たした。
デュラント、ウエストブルック、ハーデンという若き才能をそろえた当時のチームは、将来の王朝を予感させた。しかし、ファイナルではレブロン・ジェームズを擁するマイアミ・ヒートに1勝4敗で敗退。
悲願の優勝には届かなかった。
このとき、デュラントの心に強く刻まれたのが、地元ファンの反応だった。
「2012年に敗れたとき、まるで小さな優勝パレードのような光景だった。多くの人たちが僕たちの帰還を出迎えてくれて、温かい愛情を示し、素晴らしいシーズンだったと祝福してくれた」
ファイナルで敗れたチームを、街全体が歓迎する。
その光景を目の当たりにしたデュラントは、いつかオクラホマシティがNBAチャンピオンになったとき、どれほど大きな祝福が待っているのかを想像したという。
「その瞬間、もしこの街がいつか優勝したら、パレードに集まる人の数も、その熱気も、とんでもないものになるだろうと思ったんだ」
当時のサンダーにとって、優勝はまだ手の届かない目標だった。しかし、街とチームが一体となって歩んでいたことは、デュラントにとって特別な経験だった。
▪️ハーデンの移籍、デュラントの退団。そして2025年に実現した悲願
サンダーの若きビッグ3は長く続かなかった。
2012年秋、ハーデンがヒューストン・ロケッツへ移籍。
デュラントとウエストブルックを中心としたチームは、その後も優勝を目指したが、2016年のウエスタン・カンファレンス・ファイナルでウォリアーズに敗れた。
そして同年の夏、デュラント自身もウォリアーズへの移籍を決断。
その後、サンダーは再建の長い期間を経て、プレスティGMのもとで新たなチームづくりを進めていった。そして2024-25シーズン、シェイ・ギルジャス・アレキサンダーやジェイレン・ウィリアムズらを中心とするチームが、NBAファイナルでインディアナ・ペイサーズを4勝3敗で下し、オクラホマシティ移転後 初のNBA優勝を達成した。
なお、球団の歴史全体では、シアトル・スーパーソニックス時代の1979年にも優勝している。今回の2025年のタイトルは、オクラホマシティを本拠地としてから初めてのリーグ制覇となった。
▪️「僕たちが築いたもの(歴史)の進化版」後輩たちの優勝に感じた誇り
かつて自分たちが届かなかった頂点に、後輩たちが立った。デュラントは、その結果を複雑な思いだけで受け止めているわけではなかった。
ESPNのインタビューでは、自分たちの世代で優勝を実現できなかったことへの心残りを明かす一方、現在のサンダーが成し遂げた偉業に誇りを感じていると語った。
「僕たちのチームで優勝できていたら、それが一番良かったと思う。当時の僕たちは若かったし、それが可能だということも証明していたからね。でも、今のチームが勝利する姿を見て、かつてサンダーでプレーした選手として誇らしい気持ちになった。僕たちが築いたものの進化版を見ているような感覚なんだ」
さらに、プレスティGMについても言及。現在のチームが成功を収めた背景には、球団運営の成熟と、選手たちの成長があったとの見方を示した。
「サム・プレスティは、自分にとっての最終形にたどり着き、最善の方法を見つけたのだと思う。シェイやジェイレン・ウィリアムズも、まさにその境地に達した。僕たちは、このリーグで若い選手が成功するためには何が必要なのか、その土台を築いた。彼らはその上に新たなものを積み上げていったんだ」
自分たちの時代と現在のチームを切り離すのではなく、ひとつの歴史として捉えているところに、今回の発言の重要な意味がある。
▪️ロケッツの一員として古巣と対戦 14得点で勝利に貢献
現地時間10月31日(日本時間11月1日)、デュラントは現在所属するヒューストン・ロケッツの一員として、ホームのトヨタ・センターでサンダーと対戦した。
試合はロケッツが119-98で勝利。
ジャバリ・スミスJr.がチーム最多の30得点を記録し、マーカス・スマートも24得点をマークした。
デュラントも14得点、3リバウンド、4アシスト、1スティール、3ブロックを記録。
フィールドゴールは9本中4本成功、
フリースローは6本すべてを決め、古巣との一戦で勝利に貢献した。
サンダーを離れてから10年。
かつての仲間たちとともに築いたチームは、別の世代によって悲願の優勝を実現した。
デュラントにとって、2016年の移籍をめぐるファンとのわだかまりが完全に解消されたかどうかは分からない。それでも、今回の発言からは、サンダーの創設期を支えた一人としての自負と、オクラホマという街への変わらない愛着が伝わってくる。

