「一軒め酒場」はこうして生まれた!養老乃瀧を再定義し、ファンビジネスへ─養老乃瀧100%子会社・FanPlaceCreate代表・谷酒氏が語る“地道な再発明”の経営哲学
▪老舗ブランドは、変わらなければ守れない
居酒屋チェーン「養老乃瀧」。
昭和から続くこの大衆酒場ブランドを軸に、球場ビジネスやリゾート立地、
ファンビジネスへと事業領域を広げてきたのが、
養老乃瀧100%子会社・株式会社FanPlaceCreate代表の谷酒匡俊氏だ。
「老舗だからこそ、変わる勇気が必要だった」
派手な成功譚ではなく、徹底した“生活者目線”と地道な積み重ねに支えられた谷酒氏の経営哲学が、そこにある。
▪37歳で訪れたキャリアの転機は「一軒め酒場」
谷酒氏のキャリアを語る上で欠かせないのが、2008年に誕生した「一軒め酒場」だ。
当時37歳。部長職でもない立場で、会社から「激安業態を考えてみろ」というミッションを与えられた。
「ただ、最初から“安さありき”ではなかった。自分より少し年上のサラリーマンが、気負わず、お財布の心配をせずに飲める店を作りたかった」小遣い制の中、月に何度も5,000円の飲み会はできない─。
そんなリアルな生活感覚から、「1軒めで、きちんと食べて飲める酒場」というコンセプトが形になっていった。試行錯誤を重ねる中で、「一軒め酒場」というシンプルでキャッチーな店名にたどり着いたことも、大きな成功要因だった。
▪値段は下げる、でも“ごまかさない”
一軒め酒場の開発にあたり、谷酒氏が最初に定めたルールは明確だった。
・ビールのサイズは養老乃瀧と同じ
・食材の品質は絶対に落とさない
・小手先の演出で“安く見せる”ことはしない
「ジョッキを小さくして誤魔化す案も出ました。でも、それは格好悪い。本質的な価値を下げてまで安くするのは違うと思った」
その代わり、華美な飾りがなくても成立するもの”を一つひとつ見直した。
刺身のツマ、彩りのパセリ、おしぼり─。
おしぼりを廃した際は社内で反発もあったが、実際に営業を始めると気づく客は、ほとんどいなかった。
「(おしぼり)6円の原価でも、積み重ねれば大きい。その分、もう一杯飲める店にしたかった」
【神田駅前の高架下で夕方から常連客で賑わう】
▪神田の駅近で見た成功の確信「今日は俺が払うよ」
神田に構えた『一軒め酒場』1号店は、開店当初から連日満席が続いた。
決定打となったのは、ある夜の光景だった。
8人ほどのサラリーマン客の会計時、一番年長の男性が「今日は俺が払う」と言い切ったのだ。
「安いから割り勘、ではない。気持ちよく奢れる店になった。その瞬間を見て、これは流行ると確信しました」
当初は自身と同世代の37歳以上の男性を想定していたが、次第に若者や女性の一人客も増え、コンセプトを変えることなく、客層は自然と広がっていった。
▪老舗が抱える危機と、新規事業への覚悟
一軒め酒場の成功後、谷酒氏は営業や加盟店管理など、経営の中枢を担う立場へと進む。
一方で、養老乃瀧については、オーナーの高齢化、立地競争の激化、店舗の老朽化といった課題を抱えていた。
「このままでは、ブランドそのものが先細る」
そこで谷酒氏に託されたのが、新規事業の立ち上げだった。
▪ファンが“感情で”来店する世界を知る
転機となったのは、アニメなどのIP(知的コンテンツ)と組んだ飲食企画だった。
イベントのために海外から来店するファン。
写真を撮り、涙を流し、「ありがとう」と言って帰るお客様。
「居酒屋とは、まったく違う世界でした。味だけでなく、“物語”を食べに来ている」
キャラクターの誕生日、作品内に登場する料理の再現、作品やキャラクターのカラーをモチーフにしたドリンク─。
“ファンが喜ぶ設計”を学んだこの経験が、その後の事業の核となっていく。
▪失敗を糧に・・・球場ビジネスへ
レジャー施設での短期出店では、思うように売れず失敗も経験した。
夏場のプール施設、大磯ロングビーチでの飲食店運営にも挑戦したが、簡単に結果を残すには至らなかった。
「美味しければ売れる、という発想が通用しなかった。その一日が思い出になるかどうかまで考えなければならなかった」
その反省を活かし挑んだのが球場ビジネスだ。
明治神宮野球場をきっかけにして、他の球場や様々な施設へ─。
粘り強い提案を重ね、球場側と「一緒に育てる」関係を築き、出店が次々と実現した。
引退試合に合わせた限定フードや、短期間での大量提供。
居酒屋で培った調理力と人材力が、非日常空間で力を発揮した。
▪コロナ禍、「まずやってみる」しかなかった
事業が広がり始めた矢先、コロナ禍が直撃。
居酒屋事業は停止し、毎月巨額の資金が失われていく現実に直面した。
「このままでは終わる、というところまで追い込まれました」
それでも、球場、イベント、弁当、各地への出店─できることはすべて行った。
「大変だからやらない、ではなく、生き残るためにまずやる。それしかなかった」
▪FanPlaceCreate設立─ノウハウを“事業”に
こうした経験の集大成として誕生したのが、養老乃瀧100%子会社・FanPlaceCreateだ。
当初、全社売上の1%に過ぎなかった新規事業は、数年で20%規模へと成長した。
「飲食×ファン×場所。“人が集まる理由”を設計する会社として、独立させるべきだと思った」
現在は球場にとどまらず、リゾート地や観光地への展開も進めている。
▪「いい店」とは、人の記憶に残る場所
最後に谷酒氏はこう語る。
「10年後も、名前ではなく、『あそこに行ってよかった』と言われる存在でいたい」
派手な成功より、地道な改善。
変える勇気と、守る覚悟。
「養老乃瀧があってよかった」その言葉を未来につなぐ挑戦は、今も続いている。
【記事・インタビュー/高須基一朗】





