スポーツ界が「競技の垣根」を越える 6団体が「BALANCE IS BETTER JAPAN」始動 子どもを“囲い込む”時代から、スポーツを自由に選べる時代へ

2026.9.3

日本のスポーツ界が、大きな転換点を迎えている。

日本サッカー協会(JFA)、日本バスケットボール協会(JBA)、日本ハンドボール協会(JHA)、日本ラグビーフットボール協会(JRFU)、全日本軟式野球連盟(JSBB)、日本スポーツ少年団の6団体が

9月2日、東京都新宿区のJAPAN SPORT OLYMPIC SQUAREで

共同記者発表を行った。

発表されたのは、スポーツ団体連携プロジェクト

「BALANCE IS BETTER JAPAN」。

掲げられたテーマは、「スポーツの本当の価値を、すべての子どもたちに。」というものだ。

競技ごとに子どもを囲い込むのではなく、競技の垣根を越え、子ども自身がさまざまなスポーツに触れ、自分に合った競技を選びながら成長できる環境をつくる。

少子化によって競技人口そのものが縮小するなか、競技団体同士が「子どもの奪い合い」から「スポーツそのものを広げる」という発想へ転換する。

今回の連携は、日本のスポーツ界にとって大きな意味を持つ。

しかし、この取り組みを本当に成功させるためには、もう一つ、避けて通れない問題がある。

それは、子どもを取り巻く「大人の環境」だ。


 

▪️少子化という「物理的限界」

会見では、JSPOの森岡裕策専務理事による説明からプロジェクトの背景が示された。

根底にあるのは、日本のスポーツ界が直面する「物理的限界」と「心理的限界」という二つの課題だ。

公式発表によれば、中学生年代の人口は2023年の約322万人から2033年には約258万人まで減少する見込みで、10年間で約2割減少すると推計されている。

中学校の運動部活動加入者も、2013年度から2023年度までの10年間で約48万人、20.5%減少した。

子どもの数が減れば、学校単位でチームを編成することそのものが難しくなる。

一つの学校だけでは人数が足りない。

大会に参加できない。

地域によっては競技そのものを維持できない。

これは、サッカーや野球だけの問題ではない。

バスケットボール、ハンドボール、ラグビーを含め、スポーツ界全体が向き合わなければならない構造的な問題になっている。

だからこそ、競技団体が横につながる。

これまで競技ごとに存在していた境界線を越え、子どもたちにより多くのスポーツとの接点をつくる。

そこに「BALANCE IS BETTER JAPAN」の大きな意義がある。

 

▪️益子直美さんが語った「スポーツを嫌いになった経験」

会見では、日本スポーツ少年団本部長で元バレーボール女子日本代表の益子直美さんも、自身の経験を踏まえてスポーツ環境について語った。

子どものころは、ただ「できなかったことができるようになる」ことが楽しかった。

もっと練習したい。

もっと上手くなりたい。

そんな純粋な気持ちで競技に向き合っていた。

しかし、周囲から寄せられる期待が大きくなるにつれて、状況は変わっていった。

結果を求められ、厳しい指導を受ける。

子どもの側からすれば、大好きだったスポーツが、いつしかプレッシャーを感じる場所になってしまう。

益子さん自身も、過度な期待や指導によって一度競技から離れた経験を持つ。

だからこそ、今回掲げられた「Less Pressure」には、単なるスローガン以上の重みがある。

大人が子どもを追い込むのではなく、子ども自身の「好き」「やってみたい」という気持ちを尊重する。

その視点が、これからのスポーツ環境には欠かせない。


 

▪️宮本恒靖会長が語った「月曜日はこれ、火曜日はサッカー」

JFAの宮本恒靖会長も、マルチスポーツの可能性について自身の経験を交えて語った。

宮本会長は小学校低学年のころ、サッカーだけではなくソフトボールにも取り組んでいたという。

キャッチャーを経験したことでリーダーシップを学び、打球の落下地点を読む能力がサッカーのヘディングにも生きた。

一見すると別々に見える競技の経験が、別の競技で生きる。

そこにマルチスポーツの価値がある。

宮本会長は、日本代表を強くすることの重要性を否定しているわけではない。

むしろ、代表チームが強くあり続け、ワールドカップで優勝を目指すことも重要だとしたうえで、「生涯にわたってサッカーを楽しめる環境」をつくる必要性を強調した。

「月曜日はこれ、火曜日はサッカー」

そんなスポーツとの付き合い方があってもいい。

競技を一つに固定するのではなく、子どもの成長に合わせてスポーツを選択する。

今回のプロジェクトが目指す世界観を象徴する発言となった。

 

▪️「競技をやめる」と「スポーツをやめる」を同じにしない

これまでのスポーツ環境では、一度始めた競技を長く続けることが美徳とされる場面も少なくなかった。

しかし、子どもの成長は一人ひとり違う。

サッカーを始めた子が、バスケットボールに興味を持つこともある。

野球をしていた子が、ハンドボールに魅力を感じることもある。

複数の競技を同時に経験したい子どももいる。

それにもかかわらず、

「このチームに入ったのだから」

「ここまで続けてきたのだから」

という理由で、別の競技へ移ることをためらわせる環境があれば、子どもの選択肢は狭くなる。

重要なのは、

「競技をやめること」と「スポーツをやめること」を同じにしないこと。

一つの競技を離れても、別のスポーツと出会えばいい。

一度スポーツから離れても、数年後に戻ってきてもいい。

子どもが自分の成長に合わせて選び直せる。

その柔軟性こそ、これからのスポーツ環境には必要になる。

「Less Pressure」

「More Collaboration」

「More Fun」

今回のプロジェクトでは、三つのステートメントが示された。


Less Pressure―追い詰めるのはやめよう。

安全・安心を最優先にし、オーバーワークやバーンアウトを防ぐ。


More Collaboration―多様な人と一緒に活動しよう。

競技、年齢、チームの垣根を越え、さまざまな人とスポーツをする。


More Fun―楽しいから続けられる、楽しいから挑戦できる。

勝敗だけではなく、挑戦や失敗、再挑戦そのものをスポーツの価値として捉える。


三つに共通しているのは、

「大人が決めた尺度の正解を子どもに押しつけるのではなく、子ども自身の意思を尊重する」という考え方だろう。

そして、ここから先に考えなければならない問題がある。

 

▪️本当に「子ども」だけを見ればいいのか

今回のプロジェクトは、子どもたちのスポーツ環境を変えることを目指している。

しかし、子どもたちの周囲には必ず大人がいる。

指導者。監督。学校。競技団体。そして、保護者だ。

特に地域スポーツでは、保護者の存在が極めて大きい。

練習への送迎。

大会への付き添い。

チーム運営の手伝い。

一部の地域では「水当番」として、週末の時間を使って子どもたちの水分補給などを支えるケースもある。

競技によっては、大会運営を支えるために保護者自身が審判資格を取得するケースもある。

これらは決して、すべてが悪いわけではない。

むしろ、地域スポーツが成立するためには、保護者の協力が不可欠な場合もある。

問題は、

「子どものためだから」という言葉によって、保護者の負担や意思まで無制限に扱われていないか

ということだ。

 

▪️「協力」と「上下関係」は違う

指導者と保護者は、本来、子どもを支えるためのパートナーである。

コーチは競技を指導する。

保護者は家庭から子どもを支える。

大会運営者は大会を成立させる。

それぞれに役割がある。

しかし、役割の違いは、人間としての上下を意味しない。

ところが、長年の慣習や「チームのため」「子どものため」という空気によって、

保護者が指導者に対して意見を言いにくくなるケースがあるとすれば、

そこには一度立ち止まって考える必要がある。

「今週は仕事があるので参加できません」

「家庭の事情で当番ができません」

「資格を取る時間がありません」

こうした事情を、保護者が安心して伝えられる環境になっているだろうか。

指導者、コーチ、監督、ここに断ることが難しくなった瞬間、それは単純な「協力」ではなくなる。

善意によるボランティアと、断りにくい義務は別物だからだ。

 

▪️子どもは、その関係を見ている

さらに重要なのは、親と指導者の関係を、子どもたち自身が見て敏感に感じているということである。

子どもは大人が考える以上に、周囲の人間関係を見ている。

親がコーチの前では何も言えない。

指導者から頼まれれば断れない。

休日を丸一日使ってチームの仕事をする。

何かを言われても、「子どものためだから」と受け入れる。

それが当たり前の光景になったとき、子どもは何を学ぶのだろうか。

スポーツは教育の場でもある。

努力すること。

仲間を尊重すること。

失敗しても挑戦すること。

自分の意見を伝えること。

そして、相手の立場を尊重すること。

そうした価値を教える場所で、大人同士が過度な上下関係をつくってしまえば、そこに矛盾が生じる。

「強い立場の人には逆らわない」

という価値観を、スポーツを通して学ばせる必要は断固として無い。

親が誰かの言うことを一方的に聞かされ、まるで「使われている」ように見える関係を、子どもの前に当たり前のものとして置く必要もない。

親が子どものために努力する姿は素晴らしい。

だからこそ、その努力が「当然」とされることには慎重でなければならない。

 

▪️「Less Pressure」は、親にも向けられるべきではないか

今回掲げられた「Less Pressure」。

この言葉を子どもだけに向ける必要があるのだろうか。

むしろ、子どもを取り巻く大人にも必要なのではないか。

子どもにプレッシャーをかけない。

指導者に過度な負担をかけない。

そして、保護者にも過度な負担をかけない。

「子どものため」という言葉を使えば、どこまでも我慢できるわけではない。

親にも仕事があり、家庭があり、生活がある。

地域スポーツを持続可能なものにするのであれば、子どもだけでなく、そこに関わる大人たちも無理なく参加できる仕組みを考える必要がある。

 

▪️協会のトップが考えるべき「もう一つの改革」

各競技団体が少子化対策を考える際、「どうやって子どもを増やすか」という議論は避けられない。

しかし、それだけでは十分ではない。

子どもを競技に連れてくるのは誰なのか。

毎週末、練習や大会へ送り迎えするのは誰なのか。

チーム運営を支えるのは誰なのか。

子どもが競技を続けられる環境を下支えしているのは誰なのか。

その中心には、保護者がいる。

つまり、

子どものスポーツ環境を改革することと、保護者のスポーツ環境を改革することは、切り離せない。

これは、各競技団体の会長や意思決定層が、これから真正面から考えるべきテーマではないだろうか。

「子どもに優しいスポーツ」を掲げるだけではなく、

「親にも優しいスポーツ」

をつくる。

指導者と保護者を上下関係ではなく協働関係にする。

保護者が無理な役割を断れる。

必要な負担を可視化する。

ボランティアに頼りすぎない仕組みを考える。

競技を移ることを「裏切り」ではなく、「新しい挑戦」と捉える。

そうした環境が整ってこそ、「More Collaboration」という言葉にも現実味が生まれる。

 

▪️「競技のための子ども」から「子どものためのスポーツ」へ

「BALANCE IS BETTER JAPAN」が目指しているのは、

単に6競技が仲良くすることではない。

スポーツそのものの考え方を変えることだ。

これまでの発想が、

「競技があって、そこに子どもが所属する」

だったとすれば、これからは、

「子どもがいて、その成長にスポーツが寄り添う」

という発想が求められる。

そのためには、競技の壁を低くするだけでは足りない。

大人同士の壁も低くしなければならない。

指導者と保護者。

協会と地域。

学校とクラブ。

競技団体と競技団体。

そして、大人と子ども。

それぞれが「上か下か」ではなく、「どうすれば子どもにとってより良い環境をつくれるか」という一点でつながることが重要になる。

 

▪️スポーツ改革の本当の主役は、子どもだけではない

今回の6団体による連携は、日本スポーツ界にとって大きな一歩だ。

「Less Pressure」

「More Collaboration」

「More Fun」

この三つの言葉が、競技の垣根を越えて広がれば、

子どもたちはこれまで以上に自由にスポーツを選べるようになるかもしれない。

ただし、その理念を本当に社会に根付かせるためには、もう一段踏み込む必要がある。

子どもを変えるだけでは、スポーツは変わらない。

子どもを取り巻く親の環境。

指導者との関係。

地域スポーツの慣習。

大人同士の上下関係。

そして、「子どものためなら親が我慢するのは当然」という無意識の価値観。

そこまで見直して初めて、「子どものためのスポーツ」という言葉が本当の意味を持つ。

親が指導者を尊重する。

指導者も親を尊重する。

協会も現場を尊重する。

そして、その姿を子どもたちが見る。

それこそが、スポーツを通じた教育の理想的な風景ではないだろうか。

競技を自由に選べる。

複数のスポーツを楽しめる。

一度辞めても、また戻れる。

そして、親も無理なく子どもを支えられる。

そんな環境ができれば、スポーツはもっと長く、もっと多くの人に愛されるものになる。

「スポーツの本当の価値を、すべての子どもたちに。」

その実現に向けて必要なのは、子どもたちへの新しい選択肢だけではない。

子どもを支える大人たち自身が、互いを尊重し合えるスポーツ文化をつくること。

「BALANCE IS BETTER JAPAN」が本当の意味で日本のスポーツ文化を変える取り組みになるかどうか。

その鍵は、競技の垣根だけでなく、

大人社会の古い垣根、古い体質を越えられるかどうかにもかかっている。


【文:高須基一朗】