ハリウッド再編が加速─Netflixの“全額現金”提案が示す映画産業と資本市場の転換点
ワーナー買収をめぐる提案競争、アカデミー賞の行方にも波及か
ハリウッドの再編をめぐる動きが、資本市場の観点から新たな局面を迎えている。
動画配信大手Netflixは、ワーナー・ブラザース・ディスカバリー(WBD)に対する買収提案条件を修正し、株式対価を排した全額現金による提案へと切り替えた。
Netflixは1月21日、従来の提案に含まれていた自社株による支払いを撤回し、現金のみを対価とする構成に変更したことを明らかにした。
これはあくまで法的拘束力を持たない提案(プロポーザル)段階の動きであり、最終的な取引成立には、取締役会の承認、株主承認、規制当局の審査など、複数の手続きを要する。
それでも、市場ではこの修正が、ハリウッドの伝統的スタジオ主導モデルから、配信企業主導の資本再編へと軸足が移りつつある象徴的な動きとして受け止められている。
▪️ワーナーとディスカバリーを分離する提案構造
Netflixが提示した新たな枠組みでは、ワーナー・ブラザース(WB)事業を1株当たり27.75ドルで現金取得する一方、ディスカバリー・グローバル事業は分離され、独立した上場企業として存続する想定となっている。
重要なのは、この構成がWBD全体の完全買収ではなく、事業分離を前提とした提案である点だ。
そのため、WBD株主にとっての経済的価値は、
「WBに対する現金対価」+「分離後のディスカバリー株の市場価値」
の合算によって判断されることになる。
これは、会社分割(スピンオフ)を伴う再編案であり、米国証券取引法上は、詳細な情報開示と株主判断が強く求められる類型にあたる。
▪️Paramountとの提案競争、法的評価の前提が異なる点に注意
このNetflixの修正提案は、WBD全体を1株30ドルの全額現金で買収すると主張してきたパラマウント(Paramount)に対し、実質的な対抗案となる。
ただし両提案は、比較の前提条件が異なる。
Paramount案:WBDを一体として評価
Netflix案:WBとディスカバリーを分離し、それぞれを別個に評価
Paramountは自社案について「明確に優位」と主張しているが、Netflixが現金対価に一本化したことで、株主にとっては価格水準だけでなく、リスク構造や将来価値の見通しを含めた比較が不可欠となった。
▪️委任状説明書で示されたディスカバリー評価は「確定価格」ではない
今後の最大の争点は、分離後のディスカバリー・グローバルの企業価値評価だ。
WBDは同日提出した委任状説明書(Proxy Statement)の中で、ディスカバリーの理論株価について、以下のような複数の算定レンジを開示している。
類似上場企業比較(企業全体ベース):1.33〜3.24ドル
事業別評価(サム・オブ・ザ・パーツ):2.41〜3.77ドル
取引事例分析:4.63〜6.86ドル
ここで注意すべき点は、これらがフェアネス・オピニオンや参考情報として提示された理論値であり、売買価格を保証するものではないという点だ。
一方、Paramountは提出書類の中で、ディスカバリーの価値は「実質ゼロから最大でも0.50ドル程度」と主張しており、評価手法と前提条件の違いが、数字の大きな乖離を生んでいる。
▪️資本市場が映す「映画の価値基準」の変化
WBDによれば、Netflixとの当初協議時点では、ディスカバリーの想定評価額は0.42〜2.09ドルにとどまっていた。
その後の業績改善や事業見通しの精緻化を反映し、今回の評価レンジの上方修正に至ったとしている。
この動きは、米映画市場における価値評価の軸が、興行収入中心から「IPの持続性」「配信を通じたグローバル収益化能力」へと移行していることを、資本市場の側面から裏付けるものだ。
▪️映画賞制度への影響も中長期的な論点に
仮にNetflixがワーナー事業を傘下に収めた場合、その影響は企業再編にとどまらない。
制作・配給・公開モデルの変化は、アカデミー賞(オスカー)やゴールデングローブ賞といった歴史ある映画賞の選考基準や位置づけにも、長期的に影響を及ぼす可能性がある。
劇場公開を前提とした従来の成功モデルが揺らぐなか、配信主導で生み出される作品が映画史の中心に組み込まれていく流れは、もはや不可逆的な段階に入りつつある。
ワーナー買収をめぐる提案競争は、単なる企業価値の争奪ではない。
それは、アメリカ映画産業の主導権と評価軸そのものを問う、資本市場発の構造転換でもある。

