笹かまショックの深層…日本の老舗を追い詰めるすり身争奪戦 食文化の国際化が突きつけた課題
宮城県の名産品 笹かまぼこを製造する老舗メーカーの経営破綻が相次いでいる。
背景にあるのは、原料となる魚のすり身の価格高騰と供給不足だ。世界的な日本食ブームを追い風にカニカマの需要が広がる一方、原料をめぐる国際競争は激しさを増している。
日本が長年培ってきた魚肉加工の技術と食文化は、海外市場で新たな需要を生み出した。しかし、その市場拡大が日本の地域メーカーにとって原料確保の難しさにつながっているとすれば、何が起きているのか。世界のすり身生産と水産物取引の構造から、笹かまぼこ業界の危機を読み解く。
▪️相次ぐ老舗の経営破綻 問われる地域の食文化の持続性
宮城県の笹かまぼこ業界で、老舗メーカーの事業継続が難しくなっている。
報道によると、2025年11月には塩釜市の「武田の笹かまぼこ」が事業を停止。
2026年9月には、同市の「カネコ橋沼商店」と亘理町の「馬上かまぼこ店」が相次いで自己破産を申請した。いずれも創業90年以上の歴史を持つ企業だった。
笹かまぼこは、魚肉をすり身にして成形・加熱する日本の練り製品文化を代表する商品の一つだ。
地域の水産加工業者にとっては、製造技術だけでなく、地元の原料調達、雇用、観光土産としての販路など、長年にわたって築いてきた事業基盤そのものが価値となっている。
その担い手が相次いで経営危機に直面していることは、個別企業の問題にとどまらない。
もっとも、倒産や事業停止の原因を原料高だけに求めることはできない。個々の企業の財務状況や販売力、設備投資、後継者問題なども検証が必要だ。ただし、業界団体が原料の高騰と供給不足を深刻な問題として公表していることからも、原料調達環境の悪化が業界全体に重くのしかかっていることは確かだ。
▪️世界に広がったカニカマ 日本発の技術が国際市場を育てた
すり身をめぐる問題を理解するうえで、まず押さえておきたいのが、カニカマの国際的な普及である。
カニカマは、魚肉のすり身を加工し、カニの身に似た食感や外観を再現した食品だ。日本で発展した加工技術を背景に、現在では海外でも広く流通している。サラダや寿司、サンドイッチ、惣菜など、利用方法は国や地域によって異なる。
魚肉を原料とするため、食生活の変化や手軽に食べられる水産加工食品への需要を背景に、市場が広がってきた。日本食レストランの海外展開も、カニカマを含む水産加工食品が認知される機会を増やしている。
ただし、海外での普及をすべて日本食ブームだけで説明することはできない。価格、保存・流通の利便性、加工技術、現地の食習慣に合わせた商品開発も普及を支えてきた要素だ。
重要なのは、日本で生まれた技術や商品が海外に広がる過程で、原料を加工する場所と、最終製品を消費する市場が国際的に分かれていったことだ。
魚を漁獲する国、すり身を製造する国、カニカマなどの製品に加工する国、そして消費する国が必ずしも一致するわけではない。すり身は、それ自体が国際取引される水産加工原料となっている。
つまり、カニカマの世界的な普及は、日本の食文化が海外で受け入れられたという側面だけでなく、水産加工品の供給網が国境を越えて形成されてきたことを意味する。
▪️すり身生産は世界中の市場でどうなっているのか
世界のすり身市場を分析する際には、統計の定義に注意が必要だ。魚から製造した冷凍すり身などの原料と、カニカマを含む最終製品では、重量も生産量の集計方法も異なる。
米国のアラスカ産スケトウダラ業界に関係する統計資料では、2024年の世界のすり身生産量は推計約82万トンとされ、前年から4.6%減少した。内訳を見ると、米国産アラスカスケトウダラのすり身生産は前年比12.6%減。一方、ロシア産スケトウダラのすり身は37%増、中国のコイ類を原料とするすり身も23.6%増とされている。
この数字が示すのは、世界のすり身供給が一様に増減しているわけではないということだ。原料魚の種類や漁場、加工国によって生産動向は異なり、特定の地域で供給が減れば、別の供給源への依存度が高まる可能性がある。
一方、欧州委員会の水産・養殖市場観測機関(EUMOFA)による欧州の市場分析では、すり身の世界生産について、2023年に約210万トンに達したと紹介している。
両者の数字には大きな差があるが、統計の対象範囲や定義が異なる可能性があるため、単純に比較することはできない。原料すり身と加工製品の数字を混同したまま「世界生産量」として扱えば、市場規模を誤って理解するおそれがある。
世界市場の動向を把握するには、魚種別の生産量、原料すり身の生産量、最終製品の生産量を区別して分析する必要がある。
▪️北米産原料の供給減少が日本を直撃
日本のかまぼこメーカーにとって、とりわけ重要なのがスケトウダラのすり身だ。
日本かまぼこ協会などが2026年6月に公表した緊急声明では、米国におけるスケトウダラのAシーズンのすり身生産減少や、ロシアでのすり身からフィレ加工への生産転換などが、世界的な供給のひっ迫につながっていると説明している。
魚は同じでも、加工方法によって供給される製品は異なる。すり身として加工すれば、かまぼこやちくわ、カニカマなどの原料になる。一方、フィレに加工すれば、切り身として販売され、別の需要に応えることになる。
漁獲された魚がどの製品に加工されるかは、加工業者の採算や市場価格、需要などによって左右される。すり身の需要があっても、原料魚が必ずすり身向けに供給されるとは限らない。
この構造は、日本のメーカーにとって大きなリスクとなる。海外の加工業者がフィレなど別の製品を優先すれば、日本の練り製品メーカーは、原料価格が上昇するだけでなく、必要な量を確保すること自体が難しくなるからだ。
ただし、フィレ加工への転換を世界的なカニカマ人気だけで説明することもできない。漁獲量や魚体の大きさ、加工設備、各製品の採算性など、複数の要因が関係する。
今回の問題の核心は、単純な原料不足というよりも、限られた水産資源が国際市場の中でどのような製品に加工され、どの市場へ供給されるのかという配分の問題にある。
▪️円安と国際価格の上昇 日本の買い付け力にも影響
輸入原料への依存度が高い日本にとって、為替相場も重要な要素となる。
報道によると、財務省の貿易統計を基にした2026年8月のスケトウダラすり身の輸入単価は、1キログラム当たり490円だった。10年前の200円台後半と比べると、大幅な上昇となっている。
輸入単価は、輸入額を数量で割った平均値であり、契約価格そのものではない。原料の種類、品質、産地、契約条件などによっても変動するため、単価の上昇をすべて円安や海外需要だけの影響とみなすことはできない。
それでも、国際価格が上がる局面で円安が進めば、円換算した調達コストはさらに膨らみやすい。
原料価格に加え、輸送費、エネルギー費、人件費、包装資材費なども上昇すれば、製造企業の負担は一段と重くなる。
特に中小メーカーは、大手企業と比べて調達量や価格交渉力に差がある場合もあり、原料高を製品価格に転嫁できなければ、利益が圧迫される。
日本かまぼこ協会は2026年10月15日、「日本の食卓から、かまぼこをなくさない。」と題した会長宣言を発表した。すり身の歴史的な価格高騰と供給不足を訴え、企業努力だけでは吸収できない局面に入っていると説明。取引先に対し、持続可能な取引と適正な価格への理解を求めた。
これは、原料調達の問題が製造現場だけでは解決できず、流通や販売を含めた取引構造全体に関わる課題になっていることを示している。
▪️すり身の国際取引は、どの国が主導しているのか
すり身の国際取引を理解するには、原料魚の漁獲国と加工国、消費国を分けて見る必要がある。
米国やロシアはスケトウダラの重要な供給源であり、アジアでは中国や東南アジア諸国などが、魚種や製品によってすり身の生産・加工に関わっている。欧州でも、米国産原料への依存や、加工品の域内取引が市場の特徴となっている。
EUMOFAの分析によると、欧州連合(EU)の域外からのすり身輸入は2025年に約6万2800トン、金額では約1億4800万ユーロだった。米国が主要な供給国となり、冷凍アラスカスケトウダラのすり身が輸入の大きな割合を占めている。
このデータは欧州市場に限ったものだが、すり身が単なる国内向け原料ではなく、国際的に取引される商品であることを示す事例といえる。
ただし、世界全体の輸出入を比較する際には注意が必要だ。冷凍すり身、魚肉加工品、調製済みのカニカマなどは、貿易統計上で分類が異なる。カニカマの輸出入額だけを見ても、その製造に使われたすり身の原産地や取引量を直接把握できるとは限らない。
日本の調達環境を正確に分析するには、スケトウダラすり身の輸入数量と金額、産地別の構成、輸入単価の推移、為替相場を照合する必要がある。さらに、海外のすり身生産量と日本向け輸出量を区別することで、世界市場の拡大が日本の調達にどの程度影響しているかを検証できる。
▪️「日本の食文化が海外へ流出した」のか
今回の問題を「日本の食文化が海外へ流出した」と表現することはできるのだろうか。
技術や商品が海外へ広がり、現地で生産されるようになること自体は、必ずしも日本にとって損失とは限らない。日本発の食品が世界で受け入れられれば、関連技術やブランドの価値が高まる可能性もある。
一方、海外市場の拡大に伴って原料調達の競争が激しくなり、国内メーカーが十分な量の原料を確保できなくなれば、地域の加工業や食文化の継承に影響が及ぶ。
ここで問われるのは、文化の海外普及そのものではなく、海外需要の拡大による利益と、原料価格の上昇や供給不安による負担が、どの国のどの企業に生じているのかという点だ。
日本が培ってきたすり身加工の技術が世界に広がる一方、国内の老舗メーカーが原料調達で苦しむという状況は、食文化の国際化と国内産業の持続性が必ずしも一致しないことを示している。
▪️日本のすり身産業に必要なのは原料調達の再構築
日本かまぼこ協会は、スケトウダラ以外の魚種も含めた新たな原料の可能性や、調達先の開拓を進める方針を示している。
代替原料の活用は選択肢の一つだが、魚種を変えればすぐに従来と同じ製品を作れるわけではない。弾力、風味、色、歩留まり、価格、安定供給などを確認し、製品ごとに適性を見極める必要がある。
同時に、原料価格の変動を取引価格へ適切に反映できる仕組みや、調達情報を業界内で共有する体制も重要になる。地域の中小メーカーが単独で国際的な原料争奪戦に対応するには限界があるためだ。
笹かまぼこをめぐる危機は、一つの地域の名産品に限った問題ではない。
日本の練り製品産業全体が、世界の水産資源と
国際取引の変化にどう対応するかを問う出来事となっている。

