元海上自衛隊員がUFC本契約を掴むまで「もう後がなかった」3R、逆転KOに込められた覚悟
【©️UFC】
総合格闘技の世界最高峰である米国「UFC」への道は、決して平坦ではない。
1月31日(日本時間2月1日)、オーストラリア・シドニーで行われた「UFC 325」。
そのアーリープレリムで実施された「Road to UFC」フェザー級トーナメント決勝は、日本人ファイター・中村京一郎選手(27=EXFIGHT)にとって、
まさに“人生を賭けた一戦”だった。
優勝者はUFCと本契約―敗者に次はない。
そんな過酷な条件のもと、中村京一郎選手は地元の声援を一身に受ける豪州のセバスチャン・サレイと相まみえた。
▪️「勝っていない」2ラウンド、背水の最終R
試合は序盤から厳しい展開だった。
1ラウンド、2ラウンドとサレイの重いパンチに押し込まれ、左フックでダウンを奪われる場面もあった。ポイントでは明らかに劣勢。冷静に見れば、判定勝利の可能性は限りなく低かった。
迎えた最終3ラウンド。
中村選手は前に出た。
「もう行くしかない」。そう腹を括ったかのように、距離を詰め、圧力を強める。
そして中盤、踏み込んできたサレイに合わせた左ヒザが、完璧なタイミングで突き刺さった。サレイはそのまま崩れ落ち、レフェリーが即座に試合を止めた。3ラウンドKO――劇的すぎる大逆転だった。
勝利が告げられると、中村選手はリング上で叫んだ。
「UFCファン、日本のファン、ありがとう。タフな試合だった。でも、これは終わりじゃない。始まりです」
その言葉は、単なる勝利者の雄叫びではない。
中村のキャリアを知る者なら、それが“実感”に裏打ちされた言葉であることがわかる。
▪️元海上自衛隊員、遠回りのキャリア
中村京一郎選手は、元海上自衛隊員という異色の経歴を持つ。
プロMMAデビューは2022年4月。決して早咲きではない。国内団体GRACHANで一戦一戦を積み重ね、注目を集めたのは2024年、ABEMAの番組「格闘代理戦争 THE MAX」での優勝だった。
華々しいバックグラウンドも、潤沢な海外経験もない。それでも中村は、地道な勝利を重ね、「Road to UFC」という一度きりのチャンスに辿り着いた。
今大会は、日本人8選手が参戦した中で唯一の決勝進出。背負っていたのは、自身の未来だけではなく、日本人ファイターの存在感そのものだった。
▪️世界最高峰は「ゴール」ではない
UFC本契約―それは多くのファイターにとって夢の到達点だ。
だが中村選手にとって、それは“スタートライン”にすぎない。
元自衛官として培った規律、耐久力、そして追い込まれてからの覚悟。3ラウンドで放たれた左ヒザは、偶然の一撃ではなく、積み重ねの末に辿り着いた必然だった。
世界最高峰の舞台で、中村京一郎がどこまで上り詰めるのか。



