伊東四朗さんが90歳の「卒寿」を機に芸能界から引退へ 約70年の歩みに幕「これからは、観させていただき、聴かせていただきます」
昭和の喜劇俳優の伊東四朗さん(89)が10月1日、
2027年6月15日の90歳の誕生日を節目に、
芸能活動から身を引くことを正式に発表した。
1950年代後半に芸能界へ入り、コメディアンとして一世を風靡する一方、俳優としても数多くの作品に出演。テレビ、舞台、ラジオと幅広いジャンルで存在感を発揮してきた伊東さんが、自らの言葉で長い芸能生活の区切りを明らかにした。
▪️「卒寿をもちまして引退をさせていただきます」
伊東さんは公式サイトに「伊東四朗より皆々様へ」と題した直筆メッセージを掲載。
1956年、高校卒業時に就職試験を受けたものの、すべて不合格となり、その後、芸能界への道が開けたことを振り返った。
そして約70年にわたる芸能生活を振り返りながら、
「来年の6月15日をもって90歳、いわゆる卒寿を迎えます。突然ですが、卒寿をもちまして引退をさせていただきます」
と発表した。
引退の理由として挙げたのは、長年の活動による身体の衰えだった。
伊東さんは自身のメッセージで、目や耳、脳、腰、膝などについて触れ、ドラマ撮影などで共演者やスタッフに迷惑をかけることへの思いも明かしている。
最後には、これからは「観させていただき、聴かせていただきます」と記し、長年支えてきたファンや関係者への感謝を伝えた。
▪️「てんぷくトリオ」で人気者に
伊東さんが芸能界へ進むきっかけには、アマチュア劇団を主宰していた長兄の存在があった。
1958年に劇団「笑う仲間」の研究生となり、その後「石井均一座」などを経て、三波伸介さん、戸塚睦夫さんと「てんぷくトリオ」を結成。
高度経済成長期の日本でテレビのお笑い番組が大きく成長していくなか、伊東さんはコメディアンとして知名度を高めていった。
1970年代には小松政夫さんとのコンビでも注目を集め、テレビ朝日系「みごろ!たべごろ!笑いごろ!」から生まれた「ベンジャミン伊東」としても人気を博した。
なかでも「電線音頭」は大きな話題となり、伊東さんの名前を全国に広げる代表的な存在となった。
▪️喜劇だけではない、俳優としての顔
伊東さんのキャリアを語るうえで欠かせないのが、コメディアンとしての活動だけにとどまらなかったことだ。
NHK連続テレビ小説「おしん」ではヒロインの父親を演じ、TBS系「西村京太郎サスペンス 十津川警部シリーズ」では亀井刑事役を長く務めた。
コミカルな演技だけでなく、作品の世界観を支えるシリアスな役柄にも取り組み、俳優としての評価を確立していった。
NHK大河ドラマにも「天と地と」「春日局」「北条時宗」「新選組!」「平清盛」と複数の作品に出演。
テレビのバラエティー番組で培った存在感を、ドラマや舞台でも発揮してきた。
▪️舞台では「東京喜劇」の継承にも尽力
伊東さんの活動はテレビだけではない。
三谷幸喜氏が手掛けた舞台作品などにも出演したほか、自ら「伊東四朗一座」を立ち上げ、東京の喜劇文化を舞台から発信してきた。
長年にわたって培ってきた経験を、次の世代へつないでいく活動にも取り組んできたことは、伊東さんの芸能人生を考えるうえで大きな意味を持つ。
2026年8月31日と9月9日には東京・浅草公会堂で過去作品の上映会とトークショーを開催したばかり。
長年にわたり舞台に立ち続けてきた伊東さんだけに、今回の引退発表は、単なる活動休止ではなく、一つの時代を締めくくる節目として受け止められている。
▪️文化放送の長寿番組も2027年6月に終了へ
伊東さんの引退に伴い、文化放送の長寿ラジオ番組にも区切りがつく。
フリーアナウンサーの吉田照美さんとパーソナリティーを務める「伊東四朗 吉田照美 親父・熱愛(オヤジパッション)」は、1997年4月にスタート。
長年にわたりリスナーに親しまれてきた番組だが、2027年6月12日の放送をもって終了することが発表された。
テレビだけでなくラジオでも長く活動してきた伊東さんにとって、こちらも約30年に及ぶ番組との歩みに一区切りをつけることになる。
▪️70年近い芸能人生、その最後まで「伊東四朗さんらしく」
1958年の劇団入りから数えれば、伊東さんの芸能生活は約70年に及ぶ。
「てんぷくトリオ」で笑いを届け、「電線音頭」で一世を風靡し、その後は俳優としてドラマや映画、舞台へと活動の幅を広げた。
さらにラジオでは長寿番組のパーソナリティーを務め、世代を超えて知られる存在となった。
今回の引退発表で印象的なのは、華々しい功績を並べるだけではなく、自らの現在について率直な言葉でつづったことだ。
90歳という「卒寿」を人生の節目とし、長く続けてきた芸能活動を終える。

