那須川天心選手の初黒星が照らした“人生観” 井上拓真選手との真剣勝負で見えた、2人の応援したくなる理由

2025.11.25

【©️Team Inoue】

格闘技の世界では今、選手が歩んできた人生そのものがファンの共感を呼び、ただ強いだけでは語り尽くせないドラマが生まれている。24日に行われたWBC世界バンタム級王座決定戦も、まさにその象徴だった。井上拓真選手と那須川天心選手―。

タイプは違えど、どちらも自然と応援したくなる2人がぶつかった世紀の一戦は、

勝者にも敗者にも確かな光を残した。


 

大橋ジムの井上拓真選手は、これまで何度も大舞台で壁にぶつかりながらも、

腐らず、逃げず、努力を積み重ねてきた29歳。

派手な言動こそないが、ひたむきな姿勢と礼節がにじむ“職人タイプ”のボクサーだ。そして多くの観客を惹きつけてきた那須川天心選手は、キックボクシング時代から実に格闘技55戦無敗という“神童”の看板を背負いながらも、プレッシャーを隠さず語る誠実さと、真っすぐな目で挑戦し続ける姿が支持されてきた。

そんな肩書き十二分な2人が真正面からぶつかったこの夜、

勝ったのは井上拓真選手だった。

判定は0-3(112-116×2、111-117)。

実力者として積み重ねてきた経験が試合を支配し、

巡ってきた世界挑戦のチャンスを自ら掴み取った。

長く“井上尚弥の弟”と呼ばれてきた男が、

その名を完全に「拓真」として刻み込んだ瞬間だった。

一方で、初黒星を喫した那須川選手の言葉は、多くのファンの胸を打った。

「こっから始まるなー。人生、おもしろいなと思いました」

悔しさを押し殺した強がりではない。負けを受け止め、前に進む覚悟を語る声は清々しくさえあった。格闘技55戦目、ボクシング転向8戦目での初黒星。

「負けさせられるんだ」と語った瞬間には、

初めて見る色の感情がにじんだが、その後に続く言葉はどこか楽しげだった。

「挑戦して結果が出ないのも楽しい。人生実験なんで、次は成功させるだけ」

不敗神話の終わりを悲劇として語らず、学びとして受け取った。

距離感で井上拓真選手に封じられたことも正直に語り、「経験の差」と認めたうえで、それを“伸びしろ”だと言い切れるのが那須川選手らしい。

敗者としての姿も、勝者を称える姿勢も、どちらも心をつかむ理由があった。

「ダサいじゃないですか。負けて辞めますなんて。辞めないよ。やり続けます。必ずやり返します」

7勝1敗となった戦績の“1敗”は、むしろここから始まる新章のタイトルなのかもしれない。

そして、その1敗を与えた井上拓真選手は、長いキャリアの中で積み上げてきた努力と覚悟を、この勝利で証明した。

多くの挫折を乗り越えてきた男が、那須川選手の挑戦を受け止め勝ち切った姿にも、深い説得力があった。

勝っても負けても、2人とも前を向く。

だからこそ、この試合は誰の心にも“後味の悪さ”が残らなかった。

格闘技ファンの間で「2人とも応援したくなる」という声が広がるのも必然だろう。

それぞれの人生を背負い、リングに立ち、全力でぶつかった29歳と27歳。
勝者の誇りも、敗者の言葉も、どちらも美しかった。


【文:高須基一朗】