性別をめぐる論争再燃―パリ五輪ボクシング女子で金メダリストのイマン・ヘリフ選手(アルジェリア)、性別検査義務化を受け大会欠場
イマン・ヘリフ選手のケースに見るスポーツ界のジェンダーと法規制の交差点
2024年パリ五輪ボクシング女子66キロ級で金メダルを獲得し、性別認定をめぐる議論の中心となっていたアルジェリアのイマン・ヘリフ選手が、6月にオランダで開催される国際大会への出場を見送ることが明らかとなった。
大会主催者は、欠場の理由について明言を避けながらも、
「出場可否の判断はワールドボクシング(WB)に委ねられている」と述べた。
▪️検査義務化とその余波
ヘリフ選手の欠場が発表された直後、WB(ワールドボクシング)は18歳以上の全選手に対して性別検査の義務化を通達。この検査の対象は、WBが主催または公認する大会すべてに及ぶ。アルジェリア・ボクシング連盟にも通達がなされ、今大会への出場には、ヘリフ選手が検査を受ける必要があると正式に通知されたという。
性別検査の実施については、プライバシーや人権とのバランスが問われる中、特にトランスジェンダーや性分化疾患(DSD)を持つ選手の出場資格をめぐって、国際スポーツ界では長らく議論が続いている。
▪️生物学的性別 vs. 自認と法的性別
この問題の根底には、
「生物学的性別」
「ジェンダー・アイデンティティ」
「法的性別」
という3つの異なる観点が存在する。
生物学的性別:出生時に割り当てられる身体的特徴に基づく性別。
ジェンダー・アイデンティティ:個人が認識する自らの性。
法的性別:各国の法律・書類上で認められる性別。
国際オリンピック委員会(IOC)は、2021年に改訂したガイドラインにおいて、「性別による参加制限は科学的根拠がある場合に限定すべき」としつつも、その判断は競技ごとに任せる立場をとっている。一方、WBのような個別競技団体は、競技の公平性維持を名目に独自の基準を設けている。
▪️倫理と規範―公正性か?包摂性か?
今回のWBによる検査義務化は、選手のプライバシー権や人権保護との摩擦を生んでいる。性別の証明を求められる選手が、過度のストレスや社会的なバッシングにさらされるケースも報告されており、その倫理的妥当性は今後も問われ続けるだろう。
特に、ヘリフ選手が生物学的に男性であったか否かという情報が公的に確認されていない中で、メディアやSNS上では性別の自己認識に対する批判や揶揄が横行しており、個人の尊厳を損なう危険性が指摘されている。
▪️法的観点と国際的課題
法的には、各国で性別変更や性自認に対する制度が異なる。たとえば、フランスやドイツでは医療要件なしに性別変更が可能だが、アルジェリアのような宗教的・保守的価値観の強い国では法的・社会的ハードルが極めて高い。こうした法制度の違いが、国際大会における統一ルールの構築を困難にしている。
また、今回の性別検査の義務化は、将来的に法廷闘争や人権委員会への提訴を引き起こす可能性もあり、スポーツ界における性の定義とその管理方法に大きな一石を投じる出来事となっている。